高間省三の慰霊碑
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/24 07:52 UTC 版)
広島城下・山根町の聖光寺に「高間壮士之碑」がある。明治3年の建立で、恩師・阪谷朗廬の撰文である(漢文)。 高間省三は、この日(慶応4年8月1日)に、大砲隊の部下らと盃を交わし、拳を闘わせて連勝したあと、能を優雅に舞いながら、「かならず敵の大砲三、四門は奪ってみせる」と謡いおわるや否や、大声一下、突撃を命じた。燃えさかる高瀬川の橋をみずから先頭に立って突破し、敵砲台ひとつを奪った(敵陣一番乗り)。そして次の砲台へと躍り込んだ。その刹那、顔面に敵弾を受けた。
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