高潮の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/09/08 04:36 UTC 版)
「サンクトペテルブルク・ダム」の記事における「高潮の歴史」の解説
「en:Floods in Saint Petersburg」を参照 サンクトペテルブルクは17世紀にネヴァ川の河口の湿地を埋め立てて建設されている。このため高潮には弱く、都市建設後に何回かの高潮という自然災害に襲われている。 1824年の高潮被害が最もひどく、通常の海水位から4.2メートル高くなり、外交官・作家のアレクサンドル・グリボエードフは「全運河の岸がなくなり、全運河は一つになってしまった。夏宮殿の年輪100年の木々が倒れて、地面から投げ倒されて、軒並みの下をさらけ出していた。」と書いている。高波が引いた後は、569人が亡くなり、数千人がけがをしたか病気になり、300棟のビルが流されてしまった。この事件は作家アレクサンドル・プーシュキンが長編詩『青銅の騎士』に書いている。 この他に1777年にも1924年にも、記録的な高潮があった。最近の例では 1998年10月18~19日には、高潮が2.2メートルに達している。
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