鉄石城五郎
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鉄石 城五郎(てついし じょうごろう、? - 文政13年5月25日 (旧暦)(1830年7月15日)[1])は、江戸時代の大相撲の第96代大関。讃岐国(香川県)高松出身。所属部屋は不明。
江戸相撲に入る以前は、荒灘→岩根山→岬野の四股名で上方で取っていた[1]。幸若という四股名を名乗っていた時期があったという説もある[2]。文化10年(1813年)冬場所(11月)、鉄石と改名して西大関として江戸相撲に入ったが、その場所は3勝5敗1預1休の負け越し。次の文化11年(1814年)春場所(4月)は東前頭4枚目まで下がり、又も4勝5敗1休の負け越しで大坂相撲へと移った。大相撲史上最後の看板大関である。
江戸相撲では、大関在位は1場所しかなく、大関陥落後を含めても現役は2場所のみであったが、富岡八幡宮の大関力士碑に刻名されている。
大坂相撲では文政9年(1826年)5月場所まで土俵を務めた[1]。
主な成績(江戸)
- 通算成績:7勝10敗1預2休
春場所 | 冬場所 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
1813年 | x | 西大関 3–5–1 1預 |
||||
1814年 | 東前頭4枚目 4–5–1 脱退[3] |
x | ||||
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
関連項目
外部リンク
脚注
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