鈴弁殺し事件
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鈴弁殺し事件(すずべんごろしじけん)は、1919年(大正8年)6月に新潟県で発覚した殺人事件。日本初のバラバラ殺人事件とされる[1]。別名、山憲事件[2][3]。「鈴弁」は被害者、「山憲」は犯人の通称[4]。
- ^ 穂積昭雪 (2021年12月28日). “切断した死体をトランクに詰めて…エリート官僚が起こした「バラバラ殺人」の恐るべき全貌”. 現代ビジネス (講談社). オリジナルの2021年12月29日時点におけるアーカイブ。
- ^ 雨宮美千代「エッセイ石造竜吐手水鉢」『歴研よこはま』No.77、横浜歴史研究会、2018年。
- ^ 過去一年間の犯罪総勘定 注目すべき智的犯罪 横綱は鈴弁殺し 殺人件数は減った 報知新聞 1919.12.18
- ^ 穂積昭雪 (2021年12月28日). “「バラバラ殺人」を犯した超エリート官僚が、「国民から英雄視された」意外な理由”. 現代ビジネス (講談社). オリジナルの2021年12月29日時点におけるアーカイブ。
- ^ 小池新 (2022年6月12日). “首と足を切り取られた胴体だけの死体がトランクに…信濃川で発見された日本犯罪史上初のバラバラ殺人”. 文春オンライン (文藝春秋)
- ^ "山田憲". デジタル版 日本人名大辞典+Plus. コトバンクより2023年8月10日閲覧。
- ^ a b c d e 警視庁史編さん委員会 1960
- ^ 官報 1921年5月11日 二九五頁
- ^ 『警視庁史 大正編』警視庁史編さん委員会、1959 p532
- ^ 小池新 (2022年6月12日). “「彼のごときは速やかに葬らなければならない」“資産15億4000万の男”をバラバラにしたエリート官僚の“義憤””. 文春オンライン (文藝春秋)
- 1 鈴弁殺し事件とは
- 2 鈴弁殺し事件の概要
- 3 発端
- 4 裁判・処罰
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