酒と太宰と芸術論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/03 14:23 UTC 版)
1948年(昭和23年)、今井は15歳のとき、太宰治と酒席を囲み、芸術論をぶつけあったことがあったという。高校時代の今井は文学にも深い興味を示し、特に傾倒していたのが太宰治だった。当時、作曲家として多少の収入を得ていたことからさまざまな酒場に出入りしている最中、その太宰と酒を酌み交わす機会を得た。しかし、太宰に心酔している旨を告げると、当の本人から「お前のような若造に俺の芸術がわかるか!」と一喝され、果敢にも文豪相手に激烈な芸術論を戦わせることとなったという。その時、太宰に今井を紹介し、熱き芸術論の間に入っていたのが井伏鱒二だった、とも。このときの出来事は今井にとり、忘れえぬ生涯の思い出となった。
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