逆転の大洗
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 14:09 UTC 版)
「ダイヤモンドカップゴルフ」においては、過去に何度も逆転劇が起きている。前身の「三菱ギャラントーナメント」では、1986年に中嶋常幸が、最終日に首位の金井清一との4打差を逆転し、この大会3年ぶり3度目の優勝を飾った。1993年は、台湾の陳志忠が首位の尾崎将司を逆転して優勝。その尾崎は3年後の1996年、最終日に日本記録となる8打差を追いつき、アメリカのトッド・ハミルトンとのプレーオフを制して大会初優勝を飾った。「ダイヤモンドカップゴルフ」としては、2001年の大会では初日116位と低迷した伊沢利光が2日目以降徐々にスコアを伸ばし、藤田寛之、五十嵐雄二とのプレーオフを制した。2003年の大会は、トッド・ハミルトンが、2日目から首位に立っていた真板潔を逆転して優勝した。しかし、2004年の大会は3日目トップに立った平塚哲二がそのまま逃げ切って優勝、初めて「逆転の大洗」の異名が崩れてしまったが、3年後の2007年は平塚が2日目からトップに立った谷口徹との4打差を逆転、大会2度目の優勝を飾った。2009年は3日目2位タイだった兼本貴司がトップにいたオーストラリアのブレンダン・ジョーンズを3ホールに及ぶプレーオフで下した。2022年のアジアパシフィックオープン ダイヤモンドカップでは、今平周吾が、首位と1打差で迎えた最終日に逆転して優勝を飾った。 また、1998年の日本オープン選手権では、田中秀道が、首位の尾崎直道との3打差を逆転し、国内メジャー初優勝を飾った。
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