藤島華僊とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 藤島華僊の意味・解説 

藤島華僊

(藤島永柳 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/08 06:05 UTC 版)

藤島 華僊(ふじしま かせん、慶応2年(1866年)-昭和4年(1929年))は明治時代から昭和時代にかけての浮世絵師日本画家

来歴

福島柳圃の門人。慶応2年に上野国(現・群馬県)利根郡沼田倉村において生まれた。本名は徳四郎。浮世絵師としては藤島年美と号しており、後に永柳、華僊と号した。幼時より絵画を好み、12歳で青山翠山に師事、南宗画を習得し、後に東京へ上京して月岡芳年について風俗画を学び、小林永濯に師事し、永濯から画技を認められ、彼の養嗣子となった。明治19年(1886年)頃、芳年から門人27名にあてた書状『芳年門人一覧』の23番目に「上松本町二十番地細山方 藤嶋徳四郎殿」とみられる。さらに、久保田米僊にも師事して米僊派の画法を発展させている。人物画に長じており、観音図、羅漢図を最も得意としていた。文展に2回入選し他、各種展覧会博覧会、共進会などに作品を出品、銀賞、銅賞、褒状を得ており、中京画壇の発展に尽力した。後に、杖をついて上野国、下野国伊賀国伊勢国志摩国尾張国を遊歴して回った上、名古屋に居を構えて自ら画塾を設けて多くの門人を育てている。

作品

参考文献

  • 長江銈太郎 『東京名古屋現代人物誌』 柳城書院、1916年 ※260-263頁
  • 『-最後の天才浮世絵師- 月岡芳年展』 日本経済新聞社、1995年 ※141頁
  • 中野雅宗 『日本書画鑑定大事典』第1巻 国書刊行会、2006年



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  藤島華僊のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「藤島華僊」の関連用語

藤島華僊のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



藤島華僊のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの藤島華僊 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS