薄以量とは? わかりやすく解説

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薄以量

室町中期公卿。姓は。以盛の子蔵人左近少将式部大丞美濃守などを歴任従三位に至る。明応5年(1496)歿、61才。

薄以量

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/25 06:40 UTC 版)

 
薄以量
時代 室町時代
生誕 永享8年(1436年
死没 明応5年5月5日1496年6月15日
官位 従三位
主君 後土御門天皇
氏族 薄家(橘氏
父母 薄以盛
養子:薄以緒
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薄 以量(すすき もちかず、永享8年[注釈 1]1436年) - 明応5年5月5日1496年6月15日))は、室町時代公卿正三位薄以盛の子。官位は従三位美濃守

人物

元服と同時に左近衛将監六位蔵人に任ぜられると、式部大丞を経て、従五位下美濃守に叙任される。応仁元年(1467年従五位上に叙せられ、応仁2年(1468年)父の薄以盛より橘氏長者を譲られた。

その後、文明6年(1474年正五位下、文明13年(1481年従四位下、文明16年(1484年)従四位上、延徳元年(1489年正四位下と昇進する。

明応5年(1496年従三位に叙されて公卿に列すが、11日後の5月5日に薨去享年61。公卿であったのはわずか12日間であった。

著書に『橘家神体勧請之巻』がある。

官歴

『諸家伝』による。

系譜

  • 父:薄以盛
  • 母:不詳
  • 妻:不詳
    • 男子:薄以緒(1494-1555) - 唐橋在数の子

脚注

注釈

  1. ^ 『公卿補任』の享年61による。『系図纂要』には「永享十八年生」とあるが、永享は13年までしかないことから誤記か。

出典

  1. ^ 『公卿補任』後土御門天皇応仁二年条。橘以盛の項「氏長者。十月廿八日譲以量」
  2. ^ 『公卿補任』

参考文献



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