花ノ本寿とは? わかりやすく解説

花ノ本寿

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/14 15:31 UTC 版)

しょだい はなのもと ことぶき
初代 花ノ本 寿
本名 加藤 かとう 龍一郎 りゅういちろう
生年月日 (1939-10-23) 1939年10月23日
没年月日 (2023-11-04) 2023年11月4日(84歳没)
出生地 日本広島県三次市
死没地 日本東京都新宿区
職業 俳優、日本舞踊家
配偶者 花ノ本以知子
著名な家族 花ノ本葵(父)
二代目花ノ本寿(長男)
公式サイト 日本舞踊花ノ本流
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初代 花ノ本 寿(はなのもと ことぶき、1939年[1][2]10月23日 - 2023年11月4日)は、日本の俳優日本舞踊家(15世花ノ本流宗家)である。本名、加藤龍一郎。

広島県三次市出身。父は14世花ノ本流宗家の花ノ本葵、妻は花ノ本流初代家元の花ノ本以知子、長男は花ノ本流十六代宗家、二代目家元の二代目花ノ本寿。

来歴・人物

俳優としては松竹会長の大谷竹次郎の誘いにより、『七人若衆誕生』(1958年)でデビュー[2]。当時18歳であったが、15歳として公表された[2]

松竹の時代劇作品にいくつか若衆役で出演した後、歌手へ転じ、若松孝二武智鉄二ピンク映画出演を経て、日活映画テレビドラマバイプレーヤー的な役回りを担った。

舞踏の仕事を優先するため、1970年の『無常』を最後に俳優業を辞したが、その後も数年の間、実相寺昭雄のオファーにより『あさき夢みし』などに出演していた[2]

2023年11月4日、出血性ショックのため東京都新宿区の病院で死去[3][4]。84歳没。

主な出演

テレビドラマ

映画

ディスコグラフィー

  • 花笠若衆(作詞:星野哲郎、作曲:船村徹。1962年1月、コロムビア
  • お染ちゃん(作詞:西沢爽、作曲:内藤貞夫。1962年1月、コロムビア)
  • 江戸の伊達男(作詞:野村俊夫、作曲:上原げんと。1962年9月、コロムビア)
  • 名月小唄(作詞:野村俊夫、作曲:上原げんと。1962年9月、コロムビア)
  • 緋桜若衆
  • 前髪吉三
  • 源氏物語
  • 浪人ぐらし
  • 元禄美少年(コロムビア)
  • 桜井の別れ
  • 佐々木小次郎(コロムビア)
  • 森蘭丸
  • ズッキン節(1964年、日本クラウン) - 歌詞が卑猥なことを理由に放送禁止になったが、20万枚以上を売り上げるヒットになった[5]
  • 別れてよかったわるかった(日本クラウン)
  • 日の丸おけさ(日本クラウン)

書籍

脚注

  1. ^ 花ノ本海日本舞踊教室”. 2013年8月10日閲覧。
  2. ^ a b c d 円谷プロ怪奇ドラマ大作戦 2013, p. 53, 花ノ本寿インタビュー.
  3. ^ 訃報”. 花ノ本寿Blog (2023年11月5日). 2023年11月6日閲覧。
  4. ^ 花ノ本爽氏死去 日本舞踊家」『山陽新聞デジタル』2023年11月7日。2023年11月8日閲覧。
  5. ^ 『小説倶楽部』1964年5月号、291頁。NDLJP:1790544/143

参考文献

外部リンク





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