興福寺南円堂不空羂索観音坐像(奈良県奈良市、国宝)
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運慶の父康慶の代表作である。1188年(文治4年)より康慶の一門が総力をあげて再興にとりかかり、翌年供養を遂げた。康慶は興福寺南円堂の諸仏をつくったが、この不空羂索観音坐像は南円堂の本尊である。カツラ材の寄木造で漆箔を施し、像高341.5センチメートル、三目八臂の巨像である。奈良彫刻の古典的な要素にたくましい造形がくわわって新しい様式の先駆がうかがわれる。南円堂には、やはり康慶一門による法相六祖像が安置され、ともに国宝となっている。同じく康慶一門によって造像された四天王像は現在南円堂に安置される像ではなく、中金堂にある四天王像がそれにあたるとされている。
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