臨川寺 (岐阜県白川町)とは? わかりやすく解説

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臨川寺 (岐阜県白川町)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/14 07:45 UTC 版)

臨川寺 りんせんじ
所在地 岐阜県加茂郡白川町坂ノ東5831
位置 北緯35度36分16.5秒 東経137度9分58.3秒 / 北緯35.604583度 東経137.166194度 / 35.604583; 137.166194座標: 北緯35度36分16.5秒 東経137度9分58.3秒 / 北緯35.604583度 東経137.166194度 / 35.604583; 137.166194
山号 萬嶽山
宗旨 曹洞宗
本尊 十一面観世音菩薩
創建年 万治2年(1659年
開山 善中春良
法人番号 8200005006634
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臨川寺(りんせんじ)は、岐阜県加茂郡白川町坂ノ東にある曹洞宗の寺院。山号は萬嶽山。

歴史

万治2年(1659年)、洞雲寺二世の善中春良が開山した。

寛文3年(1663年)、檀徒の飯盛善助が、本尊の十一面観世音菩薩を寄進した。

明治11年(1878年)、十三世の寛龍の代に平僧地[1]から法地に昇格して現在に至っている。

昭和41年(1965年)3月、本尊の十一面観世音菩薩が白川町の有形文化財に指定された。

薬師堂

文化13年(1816年)11月、字・下岡田に薬師堂が建立された。

建物は三間一尺四方、在地十六歩。

明治10年(1877年)10月、臨川寺の境内に移築された。

昔の面影が彷彿されることができない程、朽損した状態となっている、由緒不明の木造の仏像や神将像19体が保管されている。

参考文献

  • 『白川町誌』 第五章 宗教 第三編 生活と文化 五 元坂ノ東村 ▽萬嶽山臨川寺 p889~p893 白川町誌編纂委員会 1968年

脚注

  1. ^ 江戸時代に用いられていた曹洞宗寺院の格式(寺格)の一で、最下位にある小院である。堂舎や庵などの小院を指し、嗣法をしていない男僧(平僧)や、嗣法資格を持たなかった尼僧などが住し、そのような者には、庵主などがそれに当たる。



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