背景: フリードリヒ1世のイタリア政策
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ホーエンシュタウフェン朝の神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世(赤髭王、バルバロッサ。在位:1152年 - 1190年)は、イタリア政策に意を注いだ皇帝であった。1154年、最初のイタリア遠征を行い、1155年にローマ教皇ハドリアヌス4世(在位:1154年 - 1159年)から帝冠を授けられたが、イタリアの支配をめぐって教皇と対立するようになり、1158年以来4度にわたるイタリア遠征を繰り返した。 1158年、フリードリヒ1世は、ピアチェンツァ郊外のロンカリア(イタリア語版)で開催した帝国議会(ロンカリア帝国議会(英語版))において、北イタリアを直接支配のもとに置くことを宣言。各都市が置いたポデスタ(英語版)を廃して自らの代官に置き換えようとした。これに対して1164年、ヴェローナ、パドヴァ、ヴィチェンツァ、ヴェネツィア共和国はヴェローナ同盟(it:Lega Veronese)を結成した。 ロンバルディア同盟は、ヴェローナ同盟を受け継ぐ形で、ローマ教皇アレクサンデル3世(在位:1159年 - 1181年)の後援を受けて結成された。教皇はイタリアにおける皇帝の勢力が後退することを望んでいた。
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