聖母出現の認可
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/05 03:53 UTC 版)
聖母を見た子供たちは教会当局によって徹底的な調べを受け、1872年2月2日に、ラヴァル司教ヴィカール師 (Msgr. Casimir-Alexis-Joseph Wicart)によってポンマンでの出来事が真正の聖母出現であると認められて、その崇敬が承認された。 ローマ教皇ピウス11世はポンマンの聖母に捧げるミサと聖務日課を制定した。1932年7月16日、パチェッリ枢機卿(のちにピウス12世となる)はポンマンの聖母の像が金の冠を戴冠すべきことを宣言した。戴冠式は 1934年7月24日、パリ大司教ヴェルディエ (Jean Verdier) により行われた。
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