第23代外務大臣とは? わかりやすく解説

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第23代外務大臣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 02:17 UTC 版)

小村壽太郎」の記事における「第23代外務大臣」の解説

1908年6月西園寺公望首相辞意表明し7月14日内閣総辞職し、桂太郎第2次桂内閣組織小村は再び外務大臣に就任した。小村ロンドンからウィーンサンクトペテルブルク経てシベリア鉄道用いて日本に帰国した。ウィーンではバルカン半島情勢理解するために見聞を広めることに努めサンクトペテルブルクではかつての好敵手であったセルゲイ・ウィッテ再会した小村ウィッテに、敵対した日露両国はいまや友好国であり、ポーツマス会議のことも振り返れば夢のようであると述べたのに対しウィッテは、会議当時自分交渉大成功もてはやされ小村国民から大きな批判受けたが、しかし、いまや評価逆転していると述べた帰国した小村は、首相に具申して「帝国対外政策方針」を提出9月25日、これにもとづいて閣議決定なされた。それは、ドイツ帝国を除く列国との多角的同盟協商網の維持目指すというものであった小村は、日英同盟こそ「帝国外交骨髄」としながらも、アメリカとの関係良好たらしめる必要があり、排日移民問題緩和しつつ、協商関係を結ぶ必要ありとした。対清外交については従来利権関係が複雑で必ずしも進展しなかったこともあったが、小村間島問題など未解決の6案件一括化してパッケージ・ディールを行うべしとの方針明確に打ち出した

※この「第23代外務大臣」の解説は、「小村壽太郎」の解説の一部です。
「第23代外務大臣」を含む「小村壽太郎」の記事については、「小村壽太郎」の概要を参照ください。

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