第15師団と第15師管
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/08 23:09 UTC 版)
「第15師管」の記事における「第15師団と第15師管」の解説
師団制の師管は同じ番号の師団のための徴兵と密接に結びついており、第15師団の兵士は第15師管に戸籍を持つ男子から徴集された。また、第15師管から徴兵された兵士は第15師団に入るのが原則であった。が、これにはいくつか例外がある。まず、独自の師管を持たない近衛師団には、全国の師管から兵士が送られた。第15師管でのはじめての徴兵となる1908年(明治41年)を例にとると、そこから徴兵される現役兵は、第15師団に4930人、近衛師団に37人を配分する計画であった。さらに1915年(大正4年)に朝鮮に置かれた2個師団は、自らの師管を持たなかったので、、内地の師管から兵卒を送られた。1918年(大正7年)に同様な例をとると、第15師団へ5280人、近衛師団へ211人、第19師団へ78人が配分される計画であった。 師管はまた、師団が地域防衛・治安維持に責任を負う範囲でもある。しかし、この時代には国内での反乱の可能性はなくなり、外国軍による日本本土への上陸攻撃も考えにくくなっていた。
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