第二部分:智取生辰綱
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/02 08:51 UTC 版)
「大宋宣和遺事」の記事における「第二部分:智取生辰綱」の解説
時の宰相・蔡京の誕生日を祝うため、北京の留守・梁師成は10万貫もの財宝を贈らせる。しかし運搬途中に現れた酒屋から購入した酒に眠り薬が仕込まれていたため、運搬隊は全員昏睡し、その間に財宝を奪われてしまった。捜査の結果、財宝を奪った盗賊は鄆城県石碣村に住む晁蓋・呉加亮・劉唐・秦明・阮進・阮通・阮小七・燕青の8人と判明した。早速鄆城県に逮捕命令が下るが、押司(小役人)の宋江は、捕り手の董平が到着する前に密かにこれを晁蓋ら内通し、8人を逃がす。晁蓋らは第一部分の12人の盗賊を誘い、20人で義兄弟となって太行山梁山濼に籠もる。 この部分は現行水滸伝の第14回から第18回までの内容とほぼ重なっている。ただし、秦明と燕青は加わっておらず、全く別の場所で活躍する。水滸伝では石碣村は漁師の阮三兄弟が住む村で、晁蓋は東渓村の保正(名主)となっている。なお、ここで登場する「太行山梁山濼」(濼は泊の異体字)なる地名は実在しない(太行山は山西、梁山泊は山東で、かなり離れた全く別の場所である)。現行の水滸伝においても地理的記述はかなりいい加減である。
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