せっきょくてき‐えきがくちょうさ〔セキキヨクテキエキガクテウサ〕【積極的疫学調査】
積極的疫学調査
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/19 05:20 UTC 版)
積極的疫学調査(せっきょくてきえきがくちょうさ、英: active surveillance)[注釈 1] とは、なんらかの集団内での病気の発生やその原因などを調べる疫学的な調査のうち、状況に応じて柔軟に方法を選んで情報を集めるものをいう。公衆衛生の仕組みが発達した社会では、病院などからの報告をまとめて病気の発生状況等を監視するいわゆる疾病サーベイランスの体制が常時稼働しているが、そうした定常的なサーベイランスではカバーできない種類の調査をおこなうのが積極的疫学調査である[4](p153)。短期間にたくさんの患者が発生したこと(クラスターまたはアウトブレイク)や、それまで見つかっていなかった病気が新たに見つかったことなどを契機として始まることが多い[5]。狭い意味では、公衆衛生機関の職員などが積極的に情報を集める活動を展開することだけを指す[6]。広い意味では、病院などから定常的に集める報告事項の範囲を一時的に拡張するようなやりかたもふくむ[5]。
小規模な村落や病院、学校などのような小さい集団ではその全員を対象として情報を集めることもできるが、多くの場合は、何らかの基準に基づいて、調査すべき優先度の高い一部の人を対象とする。病原体やその感染経路などがわかっている場合は、そうした知識に基づいて対象を絞り込む。ヒトからヒトに伝染する感染症の場合には、コンタクト・トレーシングの方法をとることがある[3]。
日本においては、感染症法15条が、特定の感染症について、その発生あるいはまん延を防止するため、または発生の状況・動向・原因を明らかにするための調査の権限を、厚生労働大臣および保健所を設置する地方公共団体の首長にあたえている[7]。日本の行政に関わる場面では、この規定に基づく調査という意味で「積極的疫学調査」ということばを使うことがある[8][9][10][注釈 2]。
注釈
- ^ 英語訳としては、active epidemiological surveillance や active epidemiological investigation あるいは outbreak investigation などを使うこともある。[1][2][3]
- ^ 2020年の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の流行に際して厚生労働省が地方公共団体に向けて出した依頼[11] においては、積極的疫学調査の内容はほぼコンタクト・トレーシングのことだけである[1](p978)。対象範囲が多少ちがうものの、2009年の新型インフルエンザ流行の際の「積極的疫学調査実施要綱」[12] も同様であり、積極的疫学調査とコンタクト・トレーシングは実質的におなじものとしてあつかわれている。麻疹の発生時対応ガイドライン[13] でも、積極的疫学調査の説明はコンタクト・トレーシング中心である。
出典
- ^ a b 濱岡豊「COVID-19対策の諸問題 (2): 積極的疫学調査という名の消極的な調査への批判的検討」『科学』第90巻第11号、岩波書店、2020年11月、978-998頁、ISSN 00227625、 NAID 40022382561、国立国会図書館書誌ID: 030699096。
- ^ “感染症関連日本語英語対訳表”. 健康・医療>感染症情報. 厚生労働省 (2017年12月5日). 2025年7月5日閲覧。
- ^ a b 神垣太郎; 砂川富正 著「感染症アウトブレイク」、日本疫学会; 三浦克之; 玉腰暁子 ほか 編『疫学の事典』朝倉書店、2023年、8-9頁。 ISBN 9784254310979。 NCID BD00456483。国立国会図書館書誌ID: 032566563。
- ^ Jenicek, Milos 著、青木国雄, 鈴木貞夫, 浜島信之, 佐々木隆一郎 訳『疫学: 現代医学の論理』六法出版社、1998年(原著1995年)。 ISBN 4897704219。 NCID BA3978317X。国立国会図書館書誌ID: 000002758690。
- ^ a b 阿保満 著「サーベイランスに必要な基礎知識」、吉田眞紀子、堀成美 編『感染症疫学ハンドブック』医学書院、2015年、47-63頁。 ISBN 9784260020732。 NCID BB18801361。
- ^ “感染症疫学の用語解説”. 新型コロナウイルス関連情報特設サイト. 日本疫学会. 2025年7月4日閲覧。
- ^ 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号) - e-Gov法令検索
- ^ 阿彦忠之 編『感染症法に基づく結核の接触者健康診断の手引きとその解説』(PDF)(改訂第6版)結核予防会、2022年。 ISBN 9784874513217。 NCID BC18708046 。2025年6月27日閲覧。
- ^ 国立感染症研究所 実地疫学研究センター (2021年11月29日). “新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領 (2021年11月29日版)”. 感染症情報提供サイト. 国立健康危機管理研究機構. 2025年7月4日閲覧。
- ^ 第142回国会における政府委員(小林秀資)発言:“第142回国会 参議院 国民福祉委員会 第8号”. 国会会議録検索システム. p. 28 (1998年4月16日). 2025年7月3日閲覧。
- ^ 厚生労働省 健康局 結核感染症課 (2020年1月23日). “新型コロナウイルスに関する検査対応について (協力依頼)”. 各都道府県・保健所設置市・特別区衛生主管部 (局) 宛事務連絡. 厚生労働省. 2025年7月5日閲覧。
- ^ “新型インフルエンザ (A/H1N1) 積極的疫学調査実施要綱 (平成21年7月版)”. 厚生労働省 (2009年7月22日). 2025年7月5日閲覧。
- ^ 国立感染症研究所 感染症疫学センター (2016年6月3日). “麻疹発生時対応ガイドライン 第二版:暫定改訂版”. 感染症情報提供サイト. 麻疹対策・ガイドラインなど:麻しん発生状況に関する注意喚起. 国立健康危機管理研究機構. 2025年7月6日閲覧。
関連項目
- 疫学
- 公衆衛生
- 公衆衛生サーベイランス
- 疾病サーベイランス
- 感染症サーベイランス
- 感染症法
- 保健所
- コンタクト・トレーシング
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