福音書の記述を基にしたもの
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/20 22:20 UTC 版)
「聖母マリアの汚れなきみ心」の記事における「福音書の記述を基にしたもの」の解説
「ルカによる福音書」の第2章の中で、マリアは自分が経験したすべての出来事を心に秘めてきたこと、それら出来事を何度も熟考したであろうことが2度に渡って記載されている。ルカ書2章35節は、シメオンがマリアに予言した言葉によって、マリアは心臓を貫かれたように感じたことを詳細に記述している。このマリアが剣で心臓を貫かれているイメージは、「マリアの汚れなきみ心」を表現したもののうち最も普及している描法である。「ヨハネによる福音書」は、イエス・キリストの受難を描く中で、マリアがイエス・キリストの十字架の足元にいる姿を描写し、その時のマリアの心情に読み手の注意を引き付けている。ヒッポのアウグスティヌスはこのことについて、マリアはキリストの十字架の下で単に消極的だった訳でない、として、「イエス・キリストが慈悲を通じて行う人類の贖罪を、マリアも自ら苦しむことによりそれを共同で行った」としている。 ローマ教皇レオ1世は、マリアがイエスキリストを懐胎する以前から、信仰と愛を通じてイエスキリストを霊的に自分に宿していたのだとする 。ヒッポのアウグスティヌスの教えでは、マリアが実際に受肉としてキリストを宿したことよりも自分の心の中でキリストを受け入れ、宿したことにより、祝福されたのだとされる。
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