福祉党の結成
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「ネジメッティン・エルバカン」の記事における「福祉党の結成」の解説
1980年、政局の混乱を受けて、軍部は9月12日にクーデタを起こし、全政党を活動禁止とした(9月12日クーデター)。国民救済党も非合法化され、エルバカン以下主要幹部も逮捕された。1983年の民政移管の際に、同党の支持層の受け皿として福祉党が結成されたが、エルバカンは10年間の政治活動禁止処分を受けていたため、福祉党は公式には別の人物を党首として設立された。 1987年にオザル政権が行った国民投票の結果、クーデタ以前の主要政治家に対するパージが解除され、福祉党党首に就任。1991年の総選挙でコンヤ選挙区から立候補し国会に復帰した。1995年の総選挙で福祉党は議会第1党となり、選挙後に成立した祖国党と正道党の連立政権が短命に終わったため、1996年6月28日、福祉党と正道党の連立によるエルバカン政権が発足した。
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