神聖ローマ皇帝位の請求
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/08 07:04 UTC 版)
「アルフォンソ10世 (カスティーリャ王)」の記事における「神聖ローマ皇帝位の請求」の解説
1250年代初頭からの神聖ローマ帝国の大空位時代には、母のベアトリスの出自を根拠に神聖ローマ皇帝位を請求し、アル=アンダルスへの進出を図るピサのギベリンからの支持を受けた。1257年にアルフォンソ10世は同じく神聖ローマ皇帝候補に挙げられていたコーンウォール伯リチャードとともにローマ王(ドイツ王)に選出された。だがハイメ1世は反対し、ローマ教皇も破門を示して即位に反対した。1272年にリチャードが没すると教皇グレゴリウス10世は神聖ローマ帝国諸侯からのローマ王選出を要請し、1273年にハプスブルク家のルドルフ1世がローマ王に選出された。 アルフォンソ10世の試みは失敗に終わり、工作に注ぎ込まれた多額の資金と労力は王国に損失をもたらした。
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