目白バ・ロック音楽祭とは? わかりやすく解説

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目白バ・ロック音楽祭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/12 10:41 UTC 版)

目白バ・ロック音楽祭(めじろバ・ロックおんがくさい、英称:Mejiro Ba-Rock Music Festival)は、2005年から2008年まで、東京都豊島区・新宿区・文京区にまたがる目白周辺地域を中心に開催された音楽祭・地域文化事業である。

目白バ・ロック音楽祭実行委員会が主催し、教会、歴史的建造物、大学、文化施設などを会場として、古楽・ルネサンス音楽・バロック音楽を中心とする演奏会のほか、シンポジウム、講座、街歩き、地域店舗との連携企画などを実施した。 2005年から2008年までの「第一幕」4年間に、会期日数80日、有料公演72回、来場者11,760人を記録した。日本人アーティスト延べ189名が出演し、海外から13名のアーティストを招聘した[1]。

概要

目白バ・ロック音楽祭は、目白周辺に点在する教会、歴史的建造物、大学、文化施設などを活用し、「音楽を楽しむ」と「街を楽しむ」を二つの柱として展開された[2]。

豊島区では、同音楽祭を「目白ブランド創出支援」の関連事業として位置づけた[2]。

成立の背景と目的

同音楽祭は、音楽公演のみを目的とするのではなく、音楽を媒介として人と人、人と地域との関係を生み出す「場」を形成する文化事業として企画された。

発案者のイアン筒井は、社会のIT化などによって人間関係が希薄になるなか、「人と人とが真剣に向かい合う《場》を創りたい」ことを活動主旨として掲げた[1]。筒井は同時期にWebコミュニティシステム「i debut(アイ・デビュー)」の開発にも取り組み、Web上の情報発信と、実際の公演、地域店舗、文化施設、街歩きなどを組み合わせた展開を行った。

東京都中小企業振興公社は、株式会社ヌールエによる同音楽祭について、「街の活性化を図るため」に企画・プロデュースされた事業として紹介している[3]。

2005年から2008年までの第一幕の事業総経費は約1億1,000万円で、このうち約4,400万円が主催者負担として成果報告書に記録されている[1]。このほか、公的助成、企業協賛、大学、文化施設、地域団体、自治体などの支援・協力を受けて実施された。

文化庁「市民から文化力プロジェクト」でも、同音楽祭の発起や、人と社会との接点をつくる文化活動について紹介されている[4]。

名称の由来

「バ・ロック」は、「バロック」にちなむ造語で、目白という「場(バ)」に、挑戦的な活動を行う人々が集まるという考え方を表した名称として用いられた[1][2]。

開催

音楽祭は2005年から2008年まで毎年開催された。第一幕4年間では、会場数35か所、座席総数14,200席、来場者11,760人、入場率83%を記録した[1]。

主な会場には、目白聖公会、東京カテドラル聖マリア大聖堂、聖母病院チャペル、日本聖書神学校、自由学園明日館、和敬塾、学習院、日本女子大学、立教大学、トッパンホールなどがあった。

第一幕4年間には、目白地域の協賛店89店、協賛企業50社、協力団体40団体が参加した[1]。

音楽プログラムと出演者

古楽、ルネサンス音楽、バロック音楽などを専門とする国内外の演奏家・演奏団体が参加した。第一幕4年間には、日本人アーティスト延べ189名が出演し、海外から13名のアーティストが招聘された[1]。

海外からの主な招聘アーティストには、ニコラウ・デ・フィゲイレド、ラ・ヴェネシアーナ、グナール・レツボール、エンリコ・ガッティ、ラファエル・ボナヴィータ、ペーター・ダイクストラ、ダン・ラウリンらがいる[5]。

国内からも、花井哲郎、濱田芳通、つのだたかし、寺神戸亮、鈴木優人、米良美一ら多数の演奏家が参加した。一般的なコンサートホールだけでなく、教会、礼拝堂、歴史的建造物なども公演会場として用いられ、会場の空間的・歴史的特徴を生かしたプログラムが組まれた。

音楽監督は武田浩之が務めた[5]。

企画・デザインとメディア展開

目白バ・ロック音楽祭では、音楽公演だけでなく、名称、コピー、グラフィック、印刷物、Web、地域店舗との連携企画などを含むアートディレクションが行われた。

企画・デザインには株式会社ヌールエが関わり、アートディレクションをイアン筒井が担当した。

公式ポスター、ガイドブック、『BALL文庫』、Webサイトなどでは、フラ・アンジェリコの『受胎告知』に描かれた大天使ガブリエルの図像が使用された。

第一幕では「MARIA VISION」をテーマの一つとして掲げ、教会や歴史的建造物、古楽・バロック音楽と、聖母マリアや天使を想起させるビジュアル表現を組み合わせた[1]。

また、『BALL文庫』やWebコミュニティシステム「i debut」を活用し、紙媒体、Web、公演、地域活動を組み合わせた情報発信が行われた[6]。

運営・支援体制

主催は目白バ・ロック音楽祭実行委員会。企業、大学、文化施設、地域団体、行政による協賛・協力・後援、公的助成などを受けて実施された。

2008年には、日本芸術文化振興会が助成し、新宿区、豊島区、文京区などが後援した。NEC、講談社などが特別協賛し、自由学園明日館、学習院、日本女子大学、東京音楽大学、凸版印刷などが協賛・協力した[5]。

地域ブランディング

地元の協賛店舗では、「バ・ロック」にちなんだ商品やサービスなどの企画が行われた。

2006年のORICON NEWSは、「バロッ・クッキー」やオリジナルドリンク「まよえるこひつじ」などを紹介し、街そのものへ来場者を誘導する取り組みに注目した[7]。

豊島区史でも、「Visit Mejiro」をテーマとする街歩きや、地元商店などと連携した企画商品の販売が記録されている[2]。

地域ブランディング・スーパーバイザーには、青木幸弘、安藤三春らが参加した[5]。

2006年には学習院大学で「目白地域のブランディングを考えるシンポジウム」が開催され、2007年には豊島区内の高齢者福祉施設への宅配コンサート、2008年には目白小学校でのコンサートなども実施された[2]。

主な関係者

  • 音楽監督 - 武田浩之[5]
  • レジデント・アーティスト - 花井哲郎、濱田芳通[5]
  • プロデューサー - 筒井一郎、斉藤基史、武田浩之(第一幕)[1]
  • アートディレクター - イアン筒井[5]
  • 地域ブランディング・スーパーバイザー - 青木幸弘、安藤三春[5]

録音作品

2007年6月1日、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われたオープニング公演、クラウディオ・モンテヴェルディ『聖母マリアの夕べの祈り』はライブ録音され、同年に2枚組CDとして発売された。

指揮は濱田芳通、演奏はアントネッロ、合唱はラ・ヴォーチェ・オルフィカ。規格品番はAMOE-10007 / AMOE-10008[8]。

評価・メディア

2006年のORICON NEWSは、都市型クラシック音楽祭の新しい動きを紹介する記事で目白バ・ロック音楽祭を取り上げ、ラ・フォル・ジュルネなどとは異なる方法で新たな聴衆層を獲得した事例として紹介した[7]。同記事によれば、初年度には来場者の約7割を30代から40代の女性が占めたとされる。

第一幕成果報告書では、2005年から2008年までのパブリシティ実績として、テレビ6件、ラジオ11件、雑誌40件、新聞34件、Web35件が記録されている[1]。 豊島区史は、同音楽祭について、地域と連動した取り組みにより地域ブランディングの可能性を示した事業として位置づけている[2]。

その後

2008年には、音楽祭をはじめとする地域文化活動に関わった株式会社ヌールエが、新宿区優良企業表彰「地域貢献賞」を受賞した[9]。

2008年の開催をもって、音楽祭は「第一幕」として一区切りとされた[1]。

その後、2009年から2011年にかけて、音楽祭で蓄積された地域文化・地域ブランドづくりの経験を活用した「目白ブランディング講座」が開催され、文化プロデューサーの育成や地域文化事業の企画・実践へと展開した[2]。

参考文献

  • 目白バ・ロック「第二幕」企画準備委員会『目白バ・ロック音楽祭「第一幕」成果報告書』2009年。
  • 豊島区『豊島区史』「目白ブランド創出支援(目白バ・ロック音楽祭関連事業)」。
  • 『BALL文庫 Vol.2』ヌールエ、2005年。
  • 『BALL文庫 Vol.3』ヌールエ、2006年。
  • ORICON NEWS「クラシックの都市型音楽祭に熱い風!敷居の高さを取り払い成功へ」2006年4月26日。
  • 目白バ・ロック音楽祭の発起人インタービュー - 文化庁「市民から文化力プロジェクト」。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 “目白バ・ロック音楽祭「第一幕」成果報告書”. 目白バ・ロック「第二幕」企画準備委員会 (2009年). 2026年9月12日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 “目白ブランド創出支援(目白バ・ロック音楽祭関連事業)”. 豊島区. 2026年9月12日閲覧。
  3. ↑ “公社支援企業の紹介”. 東京都中小企業振興公社. 2026年9月12日閲覧。
  4. ↑ “目白バ・ロック音楽祭の発起人インタービュー”. 文化庁. 2026年9月12日閲覧。
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 “目白バ・ロック音楽祭2008 関係者一覧”. 目白バ・ロック音楽祭. 2026年9月12日閲覧。
  6. ↑ “沿革”. 株式会社ヌールエ. 2026年9月12日閲覧。
  7. 1 2 “クラシックの都市型音楽祭に熱い風!敷居の高さを取り払い成功へ”. ORICON NEWS (2006年4月26日). 2026年9月12日閲覧。
  8. ↑ “Recordings”. Anthonello Official Site. 2026年9月12日閲覧。
  9. ↑ “新宿区優良企業表彰”. 新宿区. 2026年9月12日閲覧。

外部リンク


目白バ・ロック音楽祭

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「ヌールエ」の記事における「目白バ・ロック音楽祭」の解説

目白という「バ=場」に「ロック=先鋭的な活動をしている人」が集うをコンセプトに、古楽・バロック音楽に特化した音楽祭。「場の力」を活かしたコミュニティづくり。2016年7月2日、NHK「芸術劇場」で特集番組。2009年に「第一幕」は閉幕。

※この「目白バ・ロック音楽祭」の解説は、「ヌールエ」の解説の一部です。
「目白バ・ロック音楽祭」を含む「ヌールエ」の記事については、「ヌールエ」の概要を参照ください。

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