痛恨のパスミス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/11 18:06 UTC 版)
「アイザイア・トーマス」の記事における「痛恨のパスミス」の解説
1987年、ピストンズはついに50勝の大台に乗り、52勝30敗でシーズンを終える。この頃のピストンズは若くハングリーなチームとして知られ、トーマスはその象徴のような選手だった。急激な成長の途上にあったピストンズは、1980年代のNBAで栄華を極めていたボストン・セルティックスに挑戦することになった。 プレイオフに入ったピストンズは好調で、7勝0敗でイースタン・カンファレンス・ファイナルに進出、セルティックスと対戦した。前シーズンに優勝していたセルティックスを相手に、ピストンズは2勝2敗で第5戦に臨んだ。試合終了5秒前、107対106でピストンズがリードしている場面で、ボールがコート外に出て、ピストンズボールとの判定がなされた。残り数秒の間ボールをキープすれば勝てるという展開で、トーマスがインバウンズパスを入れた。ところがパスコースを読んでいたラリー・バードがインターセプトしデニス・ジョンソンにアシスト、セルティックスは劇的な逆転勝利を収めた。 シリーズは結局7戦目までもつれ、最終的にはセルティックスが押し切り、NBAファイナルへ進出した。6戦目はピストンズのホーム戦だったため、5戦目の敗北はトーマスやピストンズにとって悔やみきれないものとなった。
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