狩野美信とは? わかりやすく解説

狩野美信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/24 09:45 UTC 版)

狩野 美信(かのう よしのぶ、延享4年(1747年) - 寛政9年3月8日1797年4月4日[1]))は、日本の江戸時代前期に活動した狩野派(江戸狩野)の絵師。美信はで、は洞春。両者を合わせて、狩野洞春美信とも呼ばれる。通称は三四郎、別号に浩然斎。江戸幕府御用絵師の中で奥絵師4家に次ぐ家格を持つ、表絵師筆頭(御坊主格)駿河台狩野家の4代目。画名があり、駿河台狩野家の中興の祖とも言われる。


  1. ^ 寛政7年2月28日1795年4月17日)死去とする説もある。
  2. ^ 古画備考』。
  3. ^ 『東洋美術大観』第五冊「表絵師の格式」。
  4. ^ 財団法人 三井文庫編集発行 『三井文庫別館蔵品図録 三井家の絵画』 2002年9月、pp.44,109。
  5. ^ 松平乗昌 木村重圭 田中敏雄監修 朝日新聞社編集・発行 『元禄―寛政 知られざる「御用絵師の世界」展』 1998年、第23図。
  6. ^ 平山郁夫 小林忠編著 『秘蔵日本美術大観11 ウィーン国立工芸美術館/プラハ国立美術館/ブダペスト工芸美術館』 講談社、1994年5月25日、第16図、ISBN 4-06-250711-0
  7. ^ 江戸千家 > 流祖川上不白ゆかりの品


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狩野 美信

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狩野愛信」の記事における「狩野 美信」の解説

文政4年1821年))は、日本江戸時代後期活躍した狩野派絵師江戸幕府御用絵師だった駿河台狩野家の5代目

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