火葦北阿利斯登とは? わかりやすく解説

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火葦北阿利斯登

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/12 01:32 UTC 版)

 
火葦北阿利斯登
時代 古墳時代
生誕 不明
死没 不明
別名 刑部靫部阿利斯登
官位 火葦北国造、刑部靫負
主君 宣化天皇
氏族 葦北君
日羅
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火葦北阿利斯登(ひ の あしきた の ありしと、生没年不詳)は、古墳時代6世紀)の豪族刑部靫部阿利斯登(おさかべ の ゆげい ありしと)ともいう。

概要

  1. 肥後国の葦北(現在の熊本県葦北郡および八代市)の国造であった有力な首長であり(『先代旧事本紀』「国造本紀」によると、景行天皇の時代に、吉備津彦の子の三井根子命が、国造になった、とある)、
  2. 刑部允恭天皇の皇后、忍坂大中姫にちなむ名代)の管理者であり、
  3. 靫負部(ゆげいべ)として、中央に出仕し、朝廷の親衛軍として宮廷の警備にあたる役目を負った

一族の一員であった。息子の日羅が来朝した際に、大伴金村のことを「我が君」と呼んでいるのは、靫負部を配下においた大伴氏との主従関係によるものである。

火葦北国造の「君」である大伴氏による半島活動は、倭王権の指示によるものであった。ただし、そのために大伴氏が動員する人士は、大伴氏との関係が一次的であり、倭王権との関係は二次的である。阿利斯登からすれば半島での活動は大伴氏との関係を前提とするものであり、そこに王権の規制は働きにくかった[1]

なお、「阿利斯登」という名は、『日本書紀』巻第六の垂仁天皇2年の一書に登場する都怒我阿羅斯等[2]がいて、火葦北国造は

その末裔という説、または同巻第十七の継体天皇23年・24年に登場する加羅王阿利斯等[3][4]と同人物という説がある。阿利斯等はアリ(=大)、シチ(=首長)という解釈で、アリシトとは大首長の意であるという主張がある[1]

記録

『書紀』巻第二十の記録によると、宣化天皇の代に大伴金村の指示で、「海表」(わたのほか=海外)に渡海し、任那を助けたという記事がある[5]。巻第十八によると該当する記事が、宣化天皇2年10月(537年)に、

天皇(すめらみこと)新羅任那に寇(あたな)ふを以て、大伴金村(おほとも の かなむら)大連(おほむらじ)に詔して、其の子(いは)狭手彦(さでひこ)とを遣して、任那を助けしむ。是の時に、磐、筑紫に留(とどま)りて、其の国の政(まつりごと)を執(と)りて、三韓(みつのからくに)に備ふ。狭手彦、往きて任那を鎮(しづ)め、加(また)百済を救ふ[6]

と記載されている。

敏達天皇12年(583年)、天皇はその息子、日羅を百済から召喚しようと試みた[7]。日羅が百済人の使節に殺された際には、葦北君の一族によって、父の加羅人である阿利斯登の故地である葦北の地に改葬されたという[8]

脚注

  1. ^ a b 河内春人古代東アジアにおける政治的流動性と人流』 3巻、専修大学社会知性開発研究センター〈専修大学社会知性開発研究センター古代東ユーラシア研究センター年報〉、2017年3月、108頁。doi:10.34360/00008258https://doi.org/10.34360/00008258 
  2. ^ 『日本書紀』垂仁天皇二年是歳条
  3. ^ 『日本書紀』継体天皇二十三年三月是月条
  4. ^ 『日本書紀』継体天皇二十四年九月条
  5. ^ 『日本書紀』敏達天皇十二年是歳条
  6. ^ 『日本書紀』宣化天皇二年十月一日条
  7. ^ 『日本書紀』敏達天皇十二年七月一日条
  8. ^ 古代人物総覧新人物往来社〈別冊歴史読本〉、1996年、209頁。ISBN 9784404024411NCID BA36828908https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000001-I27210000583024 

参考文献

  • 『日本書紀 二』岩波書店岩波文庫〉、1994年。 
  • 『日本書紀 四』岩波書店〈岩波文庫〉、1995年。 
  • 宇治谷孟 訳『日本書紀 全現代語訳 上』講談社講談社学術文庫〉、1988年。 
  • 宇治谷孟 訳『日本書紀 全現代語訳 下』講談社〈講談社学術文庫〉、1988年。 
  • 『古代謎の王朝と天皇』新人物往来社〈別冊歴史読本〉、1987年。 
  • 『古代人物総覧』新人物往来社〈別冊歴史読本〉、1996年。 
  • 三省堂編修所 編『コンサイス日本人名事典』三省堂〈改訂新版〉、1993年12月1日、954頁。 ISBN 4385158045 
  • 佐伯有清 編『日本古代氏族事典』雄山閣、2015年。 

関連項目




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