澎湖島要塞重砲兵連隊
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/22 21:32 UTC 版)
澎湖島要塞重砲兵連隊は、澎湖島要塞の主戦力として1941年9月10日に編成下令され、馬公で編成された。通称号は台湾第4502部隊である。連隊長は1942年12月1日から鵜飼源吉大佐が要塞司令官と兼務した。1943年5月に、北千島の防備強化のため1個中隊を抽出された。 連合国軍の上陸が警戒される中、1945年1月25日に要塞重砲兵連隊は復帰され、野戦的性格のある重砲兵第12連隊(通称号:興第12857部隊)として独立混成第75旅団に編合された。独混第75旅団主力は同年5月に台湾本島に転進したが、重砲兵第12連隊は澎湖島に残り、同様に残留した2個歩兵大隊・旅団工兵隊などとともに潑刺部隊(部隊長は重砲兵第12連隊長)を編成した。7月に海軍の馬公方面特別根拠地隊の作戦指揮下に入り、防衛工事を行ううちに終戦を迎えた。終戦時の兵力は人員687人、主要装備は二十八糎砲12門・克式十五糎加農砲6門・四五式十五糎加農砲6門・10cm加農砲6門・斯加式九糎速射加農砲4門・野砲13門であった。
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