潜在被害者の発覚と戦前の保険院調査
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/11 00:22 UTC 版)
「大阪・泉南アスベスト国家賠償請求訴訟」の記事における「潜在被害者の発覚と戦前の保険院調査」の解説
2005年のクボタショックを契機として、上記の会が立ち上げられ、健康相談会を開催したところ100名を超える相談者が来場した。その後の個別相談等を含めると相談者は2009年7月末現在で350名を越えている。国賠訴訟に参加している被害者はその一部である。泉南地域の石綿被害は1937年から1940年にかけて内務省保険院の調査によって確認されていた。その調査結果は「アスベスト工場に於ける石綿肺の発生状況に関する調査研究」としてまとめられていた。1024人の石綿紡織工場労働者(一部に奈良の労働者を含むが大部分が泉州地域)のうち、約12パーセントの労働者に石綿肺の症状が確認され、20年以上勤務の労働者の罹患率は100パーセントであった。この調査については国側証人として裁判に参加した岡山労災病院副院長の岸本卓巳医師もこの報告の結論に沿って対策が取られていれば多くの被害が防げていたと尋問の中で認めた。
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