渡海者と金光坊とは? わかりやすく解説

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渡海者と金光坊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/21 06:07 UTC 版)

補陀洛山寺」の記事における「渡海者と金光坊」の解説

渡海者たちについて詳しく記した資料残っていないが、初期信仰心から来る儀礼として補陀洛渡海行っていたと考えられている。平安鎌倉時代通じて6名が渡海したと、補陀洛山寺に建つ石碑記されている。これが戦国時代になると60年間で9名もの渡海者が現れたという。この頃になると、熊野三山への参詣者が減少したことから、補陀洛渡海という捨身行によって人々願い聞き届けるという形で宣伝され勧進のための手としての側面現れとされる16世紀後半金光坊という僧が渡海出たものの、途中で屋形から脱出して付近の島上陸してしまい、たちまち捕らえられて海に投げ込まれという事件が起こった。後にその島は「金光坊島(こんこぶじま)」とよばれるようになり、またこの事件井上靖小説補陀落渡海記』の題材にもなっている。江戸時代には住職などの遺体渡海船載せて水葬するという形に変化したようである。

※この「渡海者と金光坊」の解説は、「補陀洛山寺」の解説の一部です。
「渡海者と金光坊」を含む「補陀洛山寺」の記事については、「補陀洛山寺」の概要を参照ください。

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