気体論への適用の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/07 16:21 UTC 版)
「ボルツマン方程式」の記事における「気体論への適用の歴史」の解説
気体分子運動論はそれを構成する気体分子の振舞いを力学的に論ずることによって気体の性質を説明する理論であって、マクスウェルによる粘性係数の理論が実験的に確認されるなど、大きな成果をあげていたが、それらは多くの直感に支えられていた。そこへ粒子間衝突の効果を精確に記述するボルツマン方程式が現れたので、それを基礎に気体を研究することが試みられた。しかし、ボルツマン方程式は非線形微分積分方程式なのでそれを解くことは容易ではなく、1872年の方程式提出から40年あまりみるべき成果がなかった。その間、1912年には数学界の泰斗ヒルベルトがこれを解く努力をしたが、満足すべき結果が得られずに終った。 1917年になってエンスコグが学位論文を提出し、そこで初めてボルツマン方程式を解いて粘性係数などの輸送係数を定める実行可能な方法が提起された。そしてそれを用いて得られた輸送係数が他の方法でチャップマンが得たものと一致することが示されて、その方法が広く受け入れられることになった。その後 チャップマンらの研究でボルツマン方程式による気体論は大きく発展し、その方法と成果は Chapman & Cowling (1939) に纏められた。
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