武昌北環線の解体
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/23 14:40 UTC 版)
1918年に粤漢線の一部として完成した武昌北環線は、武九線の電化工事に加え、武漢天興洲長江大橋(中国語版)や武漢北駅(中国語版)の操車場の完成に伴い、南環線に輸送機能が移され、需要が低下したため、休止状態となっていた。しかし、この路線の存在が沿線の再開発を妨げていたため、解体が検討されるようになっていった。2017年12月29日には、武漢市政府と中国鉄路武漢局集団有限公司が北環線の解体・移転を事実上開始することになる補償協定に署名を行い、5月24日から解体工事が開始された。 この路線は、南から順に、武昌、沙湖、武昌北、八大家の4駅を通り、楠姆廟駅で合流する長さ約17.9 km、平均幅20.40 m、敷地面積は101.3 haの路線であった。
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