横谷宗みんとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > デジタル大辞泉 > 横谷宗みんの意味・解説 

よこや‐そうみん【横谷宗珉】

読み方:よこやそうみん

[1670〜1733]江戸中期の装剣金工家江戸の人。晩年、遯庵(とんあん)と号す。後藤家下職から出発して町彫り創始片切り彫りの彫法を大成し絵画風の自由な意匠表現した


横谷宗珉

(横谷宗みん から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/09 14:38 UTC 版)

横谷 宗珉(よこや そうみん、寛文10年(1670年)- 享保18年8月6日1733年9月13日))は、江戸時代中期の装剣金工家である。通称は長二郎後に治兵衛。幼名は宗知。

経歴・人物

京都にて生まれる。後藤殷乗の弟子である横谷宗与の実子ないしは養子とも言う[1]。その後江戸に移り、後藤派の幕府御彫物役として「家彫り」を学んだ。

しかし、元禄3年(1690年)頃に後藤派の因襲にとらわれ独立し、宗珉と改名する。独立後は自由な題材や材質、構図といった新しい作風を展開し「町彫り」を創始して当時の金工家に一世を風靡した。作品には小柄、目貫、縁頭等多岐に渡る。同技法以外にも狩野探幽狩野安信英一蝶等の作品の下絵を題材として「片切彫り」も創始した。門下に実子の二代目横谷宗与、横谷英精、柳川直政、大森英昌、古川元珍等がいた。[要出典]

代表作に『赤銅牡丹獅子揃物』『二王二所物』等がある。[要出典]

脚注

  1. ^ 松崎慊堂 『慊堂日暦1』平凡社、1972年、56頁。 

出典



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

横谷宗みんのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



横谷宗みんのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの横谷宗珉 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS