校舎・敷地沿革
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/06 03:35 UTC 版)
「中央区立日本橋小学校」の記事における「校舎・敷地沿革」の解説
本校の校舎は、地上9階・地下2階の建物の一部であり、小学校としては地下1階から地上5階までを使用している。同じ建物には、日本橋図書館(6・7階部分)、日本橋社会教育会館(地下2階、8・9階部分)が複合して同居しており、地下1階の日本橋小学校温水プールは、一般にも公開されている。また、同建物内に中央区立日本橋幼稚園があり、地下には区営人形町駐車場が所在する。玄関の上、3階部分に所在する体育館や、一部校舎屋上にある屋外活動スペース、地下に所在するプールや、トラックのコースの丸みに沿って設けられた倉庫建物と、その上にある幼稚園プール・遊戯施設など、都心部の限られたスペースを活用した校舎となっている。 本校の敷地は、江戸時代末期には姫路藩酒井氏の藩邸があり、明治初頭(明治4年から6年)には西郷隆盛の屋敷があった場所である。明治34年から本校の開校まで、本校の前身の一つ、東華小学校の敷地となる。もう一つの前身校である十思小学校の跡地は、現在は十思スクエアとして活用されている。
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