松平君山
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松平 君山(まつだいら くんざん、元禄10年3月27日(1697年5月17日) - 天明3年4月18日(1783年5月18日))は、江戸時代中期の尾張藩士・儒学者(古註学派)・地理学者。諱は秀雲。字は士竜、幼名は弥之助・太郎助、通称は太郎右衛門(太郎左衛門?)。号は君山の他に竜吟子・富春山人・吏隠亭・群芳洞・盍簪窩主人。尾張藩士千村秀信の四男、母は堀忘斎の三女。松平久忠の娘・阿艶を正室としてその婿養子となった。
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