旧阪神競馬場の突然の休止とは? わかりやすく解説

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旧阪神競馬場の突然の休止

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 07:58 UTC 版)

宝塚記念」の記事における「旧阪神競馬場の突然の休止」の解説

ところが、1943昭和18)年に、鳴尾競馬場日本海軍接収することになった。もともと鳴尾競馬場隣接地には、かつての阪神競馬倶楽部母体となった別の競馬場があったのだが、そこを海軍買収して川西航空機工場を置き、軍用機開発をしていた。その工場開発・研究中の新型戦闘機紫電改試験飛行のため、工場の隣にあった鳴尾競馬場敷地飛行場転用することになったのである1943昭和18)年2月にはガダルカナル島陥落するなど戦争の情勢逼迫していて、鳴尾競馬場代替用地確定しないまま海軍接収され1943昭和18年の春開催最後に幕を閉じた阪神行なわれていた帝室御賞典天皇賞)はこれ以降京都競馬場行なわれることになったが、結局そのまま阪神競馬場には戻ってこなかった。 新し阪神競馬場用地ひとまず目処が立ち、1周2500メートルとなる「東洋一」の新競馬場構想進んだ。しかし戦局悪化一途をたどり、競馬場建設どころではなくなってきた。そのまま終戦迎えると、こんどは新競馬場用地として確保していた土地米軍接収され進駐軍ゴルフ場になってしまった。

※この「旧阪神競馬場の突然の休止」の解説は、「宝塚記念」の解説の一部です。
「旧阪神競馬場の突然の休止」を含む「宝塚記念」の記事については、「宝塚記念」の概要を参照ください。

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