擬似宗教的主張
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/10 16:14 UTC 版)
「シミュレーション仮説」の記事における「擬似宗教的主張」の解説
シミュレーションがその中で生活する人々のために作られたとするなら、彼らが望みを適切な方法で表現すれば、それに答えてくれるはずだという考え方がある。これは、祈祷に正しい形式があるという考え方を現代的にしたものと言える。科学的に説明のつかない方法で祈祷による願いが聞き届けられたなら、シミュレーテッドリアリティの中に生きていることの証拠であると主張する者もいる。 シミュレーションを実施している者は、シミュレーションの通常の規則に反する形でシミュレーション内容に干渉しているはずだという考え方もある。シミュレーション内に何らかの形で姿を現している可能性もある。これも宗教的ミームの現代版と言える。 シミュレーション参加者はシミュレーションで生涯を過ごした後、外界で一定期間を過ごしたり、再度シミュレーションに入ったりするという考え方もある。すなわち、彼らは前世の記憶を持っている。そのような記憶が正確で、科学的に否定できないなら、我々がシミュレーテッドリアリティの中で生きている証拠となると主張する者もいる。既視感も同じ論法で説明できるとされる。 これらの主張には次の2つの問題がある。 これらの宗教的現象の証拠とされる事柄は、必ずしも真実であると確定できない。 真実であったとしても、神学的にも説明できる。すなわち、シミュレーテッドリアリティの証拠とする説は多数の仮説の1つにすぎない。ただし、他の仮説とシミュレーテッドリアリティは必ずしも相反するわけではない(シミュレーションを行っている者が「神」であるという考え方など)。
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