広瀬淡窓旧宅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/18 08:54 UTC 版)
廣瀬資料館として一部一般公開している北家と、魚町の通りをはさんで南に位置する南家からなる。旧宅内の建物の大半は、淡窓の弟である第6世当主廣瀬久兵衛時代の建物である。淡窓が23歳のころに、はじめて講義を行った建物(南家土蔵)は南家にあったが、現存しない。すでに国史跡に指定されている「広瀬淡窓墓」(長生園)に追加指定の形で、2012年に「広瀬淡窓旧宅と墓」として国の史跡に指定された。2015年4月24日には、「近世日本の教育遺産群-学ぶ心・礼節の本源-」の構成文化財として日本遺産に認定される。
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