平安 ~ 室町時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/03 17:42 UTC 版)
平安期、小野崎氏宗家の小野崎通盛・通長が佐竹氏に臣従して以来、小野崎氏は佐竹氏の譜代家臣として遇されてきたが、小野崎氏が佐竹氏の重臣としての地位を確立した戦いが「佐竹の乱」である。15世紀、佐竹惣領家と有力一族である山入氏との間の抗争が繰り返され、その戦いは100年間にも亘ったが、小野崎氏はこの戦いに積極的に参加し、元の国人領主としての立場から様々な曲折を経ながらも最終的に佐竹宗家を支持した。結果、小野崎氏は山入氏と完全に袂を分かち、永正元年(1504年)の山入氏の滅亡に貢献、100年の内乱は終熄した。山入氏居城の久米城には石神小野崎氏の通重が入ったが、その子の通安・通室ともに子がなかったため、同族の小貫頼重の子・定春が名跡を継いだ。
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