幕末の前田家について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/21 19:27 UTC 版)
女子学習院中等科の学生だった頃、同じ旧大名華族の娘である級友と幕末の前田家について次のような会話をしたという。 美意子「だけど幕末には目覚ましいご活躍だったでしょう?」 級友「まあ、幕府に長年の恨みをはらすためにね。あのとき前田さんは、だいぶあとになってから朝廷側におつきになったのね」 美意子「そうなの。だって将軍家とは親類でもあったし、うかつには動けなかったらしいのね。うちの父がいつも申しますの。あのとき立ち遅れたのはまずかったって」 級友「ほんとね。だから論功行賞で損なさったのよ。もっと早く兵を挙げてらしたら、侯爵(マークイス)ではなく、当然公爵(プリンス)だったというお噂ね」
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