師管区部隊に転換して廃止
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/15 15:15 UTC 版)
「留守第52師団」の記事における「師管区部隊に転換して廃止」の解説
金沢師管は1945年1月22日制定(24日公布)の昭和20年軍令陸第1号による陸軍管区表改定によって、2月11日に長野県を新設の長野師管に譲った。新たに長野師管を管轄することになった留守第54師団は、姫路から移動して新師管を掌握する必要があり、それまでの間、留守第52師団が長野県の業務を継続した。 1945年2月9日制定(10日公布)の昭和20年軍令陸第2号で、臨時的性格の留守師団をやめ、常設の師管区部隊をおく制度が定められた。同日の軍令陸甲第25号で、4月1日をもって留守第52師団司令部は金沢師管区司令部に改称することになった。所属部隊も形式的に解散し、実質的にはほとんどが金沢師管区部隊に転じた。 しかし、戦後に作成された『帝国陸軍部隊調査表』などの資料は、留守第52師団司令部の改称を2月11日、隷下補充隊の復員(解散)と師管区部隊補充隊の編成を2月28日としており、他師団より約1か月以上早い。しかるにやはり戦後に金沢師管区第1補充隊が提出した自らの編成日は4月2日である。留守第52師団の歩兵第150連隊補充隊は、長野師管区部隊の歩兵第2補充隊に転換したが、師管区補充隊の発足は4月1日、4月7日と2通りの資料があって、2月28日と隔たりがある。転換が2月なのか4月なのかは確証がない。
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