市域再編から現在
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/11/10 04:14 UTC 版)
「ミンデン (ノルトライン=ヴェストファーレン)」の記事における「市域再編から現在」の解説
1973年1月1日、ビーレフェルト法に基づく市町村再編により、アーミングハウゼン、ベルホルスト、ダンケルゼン、デュッツェン、ハッデンハウゼン、ハーレン、クーテンハウゼン、レーテルン、マイセン、ペピングハウゼン、シュテンマー、トッテンハウゼン、およびバルクハウゼン、ハルトゥム、ホルツハウゼンIIの一部がミンデン市に合併した。これによりそれまで行政上独立していた町村がミンデンの市区となった。また同時に、旧ミンデン郡と旧リュベッケ郡とからミンデン=リュベッケ郡が創設された。ミンデンはその郡庁所在地となった。新しい郡庁舎はインネンシュタット南部の旧兵舎跡に建設され、旧ミンデン郡庁舎はミンデン市立文書館として利用されている。 1976年、ミンデンのヴェーザー川堤防が嵩上げされ、その中のフィッシャーシュタット沿いに遊歩道が造られた。1974年には取り壊された防衛施設跡に市民の憩いの場として重要な緑地帯「グラシー」が造られた。フィッシャーシュタット沿いの旧市壁は、1979年から修復が行われた。1994年のイギリス軍の撤退、ドイツ連邦軍演習場の新設により、ヴェーザー川沿いのパイオニア演習場の大部分がグラシーに併合され、このレクリエーション地はヴェザー川に囲まれる形となった。この地域は、新設された歩行者専用橋を通って東岸にまで拡大し、カンツラー・ヴァイデも新たな大規模公園施設や祝祭広場として統合された。 21世紀の初めまでインネンシュタットの再開発が改めて議論された。市は2009年にインネンシュタット開発の概括マスタープランを提案し、6月の市議会を通過させた。
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