小森園綾子とは? わかりやすく解説

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小森園綾子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/17 18:55 UTC 版)

小森園 綾子(こもりその あやこ、神保 綾子[1]〈じんぼう あやこ〉、1930年[2] - 1994年1月[3])は、日本の洋画家鹿児島県パリで活動。

経歴

鹿児島県出身[2][4]鹿児島県立甲南高等学校で美術部に所属[3][5]。同高校から東京都女子美術大学に進学[1]。東京では春田安喜子のアパートに住み込みで師事[1]。また、海老原喜之助吉井淳二の知遇も得て師事する[2]1954年に女子美術大学を卒業し[2]、教師となる[3]

1953年1954年独立展入選[2]。1954年の第9回南日本美術展で奨励賞受賞[6]1955年から1962年まで二科展入選[2]1958年の第13回南日本美術展で県知事賞(最高賞)受賞[4][6]1961年二科会パリ留学生に選ばれ[1]、1962年にフランスへ渡る[2]1967年再度フランス・パリへ渡り[2]、留学時代の恋人を夫として結婚[1]。最終的に18年間パリで制作活動をおこない、南日本美術展のパリ留学生の世話役として故郷鹿児島の洋画振興にも貢献[4]。パリから帰郷の後、1994年1月に逝去[3]

脚注

  1. ^ a b c d e 南日本新聞社 編『郷土人系 下』春苑堂書店、1970年、79頁、87頁。
  2. ^ a b c d e f g h 『太陽展 第8回(生命讃歌)』日動画廊、1971年、頁番号なし。
  3. ^ a b c d 「半世紀の画帳―南日美展50回 8 甲南高校美術部」『南日本新聞』1995年10月20日、朝刊、17面。
  4. ^ a b c 小森園綾子氏と留学生たちが見たヨーロッパの風景(松下美術館)”. アートコモンズ. 国立新美術館. 2024年11月18日閲覧。
  5. ^ 久本勝紘『木下貴雄物語 アトリエの行者』南日本新聞社、2005年6月。ISBN 4860740416 
  6. ^ a b 南日本新聞社 編『鹿児島年鑑 昭和36年版』南日本新聞社年鑑編集部、1960年12月15日、94頁。



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