小月氏
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 03:47 UTC 版)
詳細は「羯」を参照 月氏から分かれて南山羌(現在の青海省)に留まった小月氏は、その後も生き長らえ、三国時代の記録に「敦煌西域の南山中(チベット高原)、婼羌の西から葱嶺(パミール高原)までの数千里にわたって、月氏の余種である葱茈羌・白馬羌・黄牛羌がおり、それぞれに酋豪がいた」とある。 また、『魏書』にある小月氏国は上記の小月氏ではなく、クシャーナ朝の後継王朝であるキダーラ朝の君主キダーラの子が治める分国で、都は富楼沙城(ペシャーワル)にあった。
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