安養寺氏種とは? わかりやすく解説

安養寺氏種(あんようじ うじたね) ????~1606

経世 三郎左衛門尉
◇父:安養寺三郎左衛門氏秀 弟:安養寺甚八郎、彦六
 近江土豪。元は近江守護京極氏被官近江浅井氏仕えた一説当主長政織田信長妹の縁組仲介役を務めたという。1570年姉川合戦織田信長捕虜となるが、信長浅井追撃の非を助言し容れられたうえ、解放されたという。主家滅亡後、京極高次仕えた

安養寺氏種

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/09 02:44 UTC 版)

 
安養寺 氏種
時代 戦国時代 - 江戸時代初期
生誕 天文7年(1538年)?
死没 慶長11年10月26日1606年11月26日[1]
別名 三郎左衛門尉(通称)、経世、聞斎、梅英
主君 浅井長政京極高次
氏族 安養寺氏
父母 父:安養寺氏秀
兄弟 氏種、甚八郎、彦六郎
磯野員次(磯野員昌養子)
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安養寺 氏種(あんようじ うじたね)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将浅井氏の家臣。

略歴

安養寺氏は近江国土豪で、元は近江守護京極氏の被官であった。

安養寺三郎左衛門氏秀の子として誕生。主君・浅井長政織田信長の妹であるお市の方との縁組の仲介役を務めたという説もあるが真偽は不明。浅井家滅亡後、京極高次に仕えた。

慶長11年(1606年)死去。

脚注

  1. ^ 『東浅井郡志 巻3』滋賀県東浅井郡教育会、1927年、p.762。

出典

  • 戦国人名事典(新人物往来社)
  • 日本の戦史 桶狭間・姉川の役(徳間文庫)
  • 浅井三代記



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