妻千枝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/09 08:06 UTC 版)
篤胤の娘で、銕胤の妻となった千枝は、婚姻後に実母綾瀬の名を継いだ。才女として知られ、一度目に通したものはすべて諳んじ、父篤胤の著述については、何を尋ねてもすらすら答えることが出来たという。英語もたしなみ、文章も巧みで文字は美しく、父の詠んだ和歌を短冊に代筆している。1888年(明治21年)3月、84歳で没した。死に際しては、きちんと正座して皆に臨終の挨拶をして、「それでは」と床につき、そのまま帰幽したといわれる。
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