太田氏中興の祖
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/22 08:10 UTC 版)
梶は兄とされる重正の子である太田資宗を養子とし、譜代格として徳川秀忠に出仕させている。資宗は順調に出世し、徳川家光からの覚えも良く、六人衆(のちの若年寄)となり、さらには下野国山川藩1万5千石の藩主となる。奏者番などを歴任し、最終的には遠江国浜松藩3万5千石まで登りつめ、子孫は幕府の要職を歴任し、老中も出し、明治維新後には子爵となった。彼女は没落寸前であった太田氏を近世大名として、明治の世まで生き残らせたといえよう。
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