天皇の叱責
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/27 07:52 UTC 版)
宝亀5年8月24日(774年10月4日)、駿河麻呂より海道蝦夷の反乱は犬や鼠などの小獣が悪さをした程度の小事件に過ぎず、時に侵掠することはあるが大害には致らず、草木の繁茂する時期の軍事行動は得策ではないと、征夷の中止を求める奏状が光仁天皇に届いた。 この奏状を読んだ光仁天皇は、駿河麻呂が征夷の実施を申請してきたにも関わらず、今度は征夷の中止を求めてきたことに激怒し、即日、駿河麻呂を譴責する勅を下した。
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