大統領選出馬断念
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/29 23:26 UTC 版)
「チャパキディック事件」の記事における「大統領選出馬断念」の解説
その後ケネディは正式に謝罪を行い、遺族に多額の賠償金を払い上院議員の座にとどまり続けたが、この事件により、兄のジョンやロバートの後を継ぎ、いずれ大統領を目指すと思われていたケネディの政治的生命は大きな打撃を受けることとなった。 ケネディは、事件以前に出馬することが確実視されていた1972年の大統領選挙と、それに続く1976年の大統領選挙への出馬をあきらめるばかりか、出馬した1980年の大統領選挙も、当時の現職大統領のジミー・カーターをはじめとする民主党内からのケネディの倫理的問題を指摘する多くの反発を受けて、予備選にすら勝利することはかなわなかった。
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