塚原二子塚古墳とは? わかりやすく解説

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塚原二子塚古墳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/12 23:49 UTC 版)

塚原二子塚古墳

墳丘(右に前方部、左奥に後円部)
別名 塚原1号墳
所属 飯田古墳群(竜丘単位群)
塚原古墳群
所在地 長野県飯田市桐林3046-1ほか
位置 北緯35度27分53.50秒 東経137度49分14.47秒 / 北緯35.4648611度 東経137.8206861度 / 35.4648611; 137.8206861座標: 北緯35度27分53.50秒 東経137度49分14.47秒 / 北緯35.4648611度 東経137.8206861度 / 35.4648611; 137.8206861
形状 前方後円墳
規模 墳丘長73m
埋葬施設 (推定)竪穴式石室
出土品 埴輪、(伝)金銅製冑
築造時期 5世紀後半
史跡 国の史跡「飯田古墳群」に包含
地図
塚原
二子塚古墳
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塚原二子塚古墳(つかばらふたごづかこふん)は、長野県飯田市桐林にある古墳。形状は前方後円墳飯田古墳群(うち竜丘単位群)を構成する古墳の1つ。国の史跡に指定されている(史跡「飯田古墳群」のうち)。

概要

長野県南部、天竜川支流の臼井川・袋洞沢川の間の小段丘上(標高405m)に築造された古墳である。一帯にはかつて古墳16基が分布して塚原古墳群を形成し、本古墳はその盟主的存在であったが、現在では本古墳以外の多くは失われている。現在までに良好に墳丘を遺存しており、1980年昭和55年)・2007-2009年度(平成19-21年度)に発掘調査が実施されている。

墳形は前方後円形で、前方部を南南西方向に向ける。墳丘外表では葺石のほか、円筒埴輪(朝顔形埴輪含む)・形象埴輪(蓋形埴輪など)が認められる。また墳丘周囲には盾形の周溝が巡らされ、周溝を含めた古墳全長は86メートルにおよぶ。埋葬施設は未調査のため明らかでないが、後円部墳頂における竪穴式石室と推定される。副葬品も明らかでないが、かつて金銅製冑が出土したという伝承がある[1]。築造時期は古墳時代中期の5世紀後半[2](または5世紀末[3]/5世紀後半-末[1])頃と推定される。

古墳域は2016年(平成28年)に国の史跡に指定されている(史跡「飯田古墳群」のうち)。

遺跡歴

  • 1957年昭和32年)、耕作時にくびれ部付近で埴輪列の出土[4]
  • 1968年(昭和43年)11月19日、飯田市指定史跡に指定。
  • 1980年(昭和55年)、墳丘測量調査[4]
  • 1990年度(平成2年度)、市道建設に伴う後円部北側の発掘調査(飯田市教育委員会)。
  • 2007-2009年度(平成19-21年度)、範囲確認調査(飯田市教育委員会、2012年に報告)[1]
  • 2016年(平成28年)10月3日、国の史跡に指定(史跡「飯田古墳群」のうち)。

墳丘

後円部墳頂

墳丘の規模は次の通り[1]

  • 古墳総長:86メートル - 周溝を含めた全長。
  • 墳丘長:73メートル
  • 後円部
    • 直径:44メートル
    • 高さ:6.2メートル(西側)、7.5-7.6メートル(東側)
  • 前方部
    • 幅:38メートル
    • 高さ:6.0-6.2メートル(西側)、7.4メートル(東側)

墳丘外表では葺石が認められるが、通常のように墳丘の傾斜に沿って積み上げるのではなく、階段状(石垣状)に積み上げ、外見的には基壇状を呈する独特の構造として注目される[1]

墳丘の周囲には盾形の周溝が巡らされ、後円部側ではその外側にも外周溝が認められる(二重周溝)[1][3]

ギャラリー

脚注

  1. ^ a b c d e f 飯田古墳群 2012.
  2. ^ 塚原二子塚古墳(飯田市ホームページ)。
  3. ^ a b 史跡説明板。
  4. ^ a b 飯田における古墳の出現と展開 資料編 2007.

参考文献

外部リンク




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