地方官司
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/10 05:44 UTC 版)
大宰府のあった筑前国では、大宰府が同国の統治を行った時期があり国司が別途設置されたり、廃止されたりの繰り返しであったが、大同3年(808年)に大宰府の官人から1名を太政官符によって筑前国別当に任じて国司の職務を行わせたが、翌年には別当に代わって筑前国司の常設が開始されている。 また、畿内においても5ヶ国を統括する公卿兼任の別当が設置される場合があり、寛平7年(895年)に寛平の治の一環として源能有が任ぜられた五畿内諸国別当は著名である。 また、各地に設置された勅旨牧の現地責任者として牧監がかれていたが、武蔵国のみは別当と称している。 10世紀に入ると、遥任している在京国司が自己の家司を現地に派遣して在庁官人を指揮させることが行われるようになるが、その家司を目代・別当と称した。
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