グラントハイツ駅とは? わかりやすく解説

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グラントハイツ駅

(啓志駅 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/24 13:48 UTC 版)

グラントハイツ駅*
ぐらんとはいつ
Grant Heights
練馬倉庫 (3.5 km)
所在地 東京都練馬区光が丘2丁目
所属事業者 東武鉄道
所属路線 啓志線
キロ程 6.3 km(上板橋起点)
開業年月日 1946年昭和21年)3月25日
廃止年月日 1959年(昭和34年)7月22日[1]**
備考 * 1947年(昭和22年)6月に啓志駅から改称
** 1948年(昭和23年)2月26日より営業休止、1957年(昭和32年)8月1日より全面閉鎖
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グラントハイツ駅(グラントハイツえき)は、かつて東京都練馬区に存在した東武鉄道啓志線廃駅)である。

概要

1943年(昭和18年)、上板橋 - 陸軍第一造兵廠構内東京第一陸軍造兵廠練馬倉庫に所在。現在の陸上自衛隊練馬駐屯地)間が完成。終戦後、GHQにより成増陸軍飛行場跡(後のグラントハイツ)までの延伸と運行が命じられたことにより、啓志線が1946年(昭和21年)3月25日に全線開通し、終着駅である啓志駅(けいしえき)として開業。駅名はグラントハイツの総工事責任者であったヒュー・ジョン・ケイシー少将(またはその息子のヒュー・ボイド・ケイシー中尉)の名前に由来する。1947年(昭和22年)6月にグラントハイツ駅に改称され、同年から1948年(昭和23年)にかけて、池袋駅から約30分間隔で当駅まで、ノンストップの駐留アメリカ軍専用列車が運転された。また、貨物列車も池袋駅 - 北池袋駅間の西山信号所(廃止)から東上本線に乗り入れ、グラントハイツまで向かっていた。

1959年(昭和34年)7月22日に啓志線が廃止されたことに伴い、当駅も同日廃止された。

歴史

昭和31年グラントハイツ周辺の航空写真

駅構造

グラントハイツ敷地内に側線が数本あり、その内の1本が当駅として使用されており、発着ホームがあった[3]

駅周辺

隣の駅

東武鉄道
啓志線
練馬倉庫駅 - グラントハイツ駅

脚注

  1. ^ a b 啓志線の廃止年月には諸説あるが、「東武鉄道百年史」では路線・駅廃止日とも、1959年(昭和34年)7月22日と記載されている。
  2. ^ a b c d e 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』 4 関東2、新潮社、2008年、54頁。ISBN 978-4-10-790022-7 
  3. ^ a b ふるさと練馬の思い出写真 第10話 ケーシー駅”. 練馬区. 2015年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月1日閲覧。

関連項目

外部リンク




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