古冠の廃止
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/12 10:18 UTC 版)
『日本書紀』によれば、大化4年(648年)に古冠が廃止されたが、左右大臣はなお古冠を着けた。この古冠は冠位十二階制のもので、新しい冠の着用、または着用準備としての措置と推定される。 大臣が古冠のままだった理由としては、両人が新冠位制に含められるのを嫌ったためとされる。大臣が冠位十二階の外にあった時代には、大臣の地位は功績による昇進の対象外にあり、世襲されることを意味していた。蘇我蝦夷・入鹿の跡を襲った蘇我倉山田石川麻呂・阿倍内麻呂両人は、自らの大臣位もそのようなものと了解していたため、新冠位制を拒否したと言われる。 なお古冠を着けたという記述から拒否の意を読み取らず、十二階制の外にあった大臣の紫冠がそのまま新しい大紫・小紫の紫冠に引き継がれたために取り替えなかったことを記したのだとする説もある。
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